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文字列宇宙 

明日。そう明日だ。僕が職場という刑務所から放たれて路頭に迷うのは明日からだ。明日という単語は新しいものを考えさせる希望に満ち溢れていた言葉だったが、今。のいじろうにはまるで宇宙の様な心持でそれを傍観している。完全に他人事である。別段焦るわけでも無ければ、たおやかに死を待つ病人のような目をしているわけでもない。ああ、そうだ正しく宇宙なのだ。格好つければ懈怠のうちに死を夢むとか言うあれだ。いや、違う。宇宙だ。末恐ろしい虚無感が全てを支配している。この感情の前では美少女のお誘いも、要領の悪い上司の行動もゆるやかに受け流せる。「そっすね」と言い放つイエスマンも演じきれるのだ。まっこと宇宙とは膨大で馬鹿馬鹿しいものだ。しかしながら、そんな虚無感でいられるのも職場に感じる情がない賜物であり、一年の間に培われたスルースキルの成果だ。社会は僕を必要としていなければ僕も社会を必要としていない。そんなことより目を向けるべきことはこの虚無感のビックバンであり、それによって生まれる新たな生命の誕生を祝福するべきだ。胸中に生まれ出でる新たな人格を生命とするならば、そりゃもう磨製石器で骨をゴツゴツやるくらいの文明が出来上がっている。人格の墓が出来る日はどんな瞬間なのだろうか楽しみで仕方ない。ふと思ったのだが、病院で多重人格を患う患者は胸中に多大な文明があるのだと思う。様々な人格によって形成された社会は成長を繰り返し、ロケットに乗って体外へと旅立つのだ。ああそう思えば今、僕が見ている風景は宇宙と同じと言えるのだろうか。地球と言う体が銀河という学校で虐められて心の内に作り出した人格がこの僕だとしたら、銀河に広がるのは広大な世界と広大な惑星の数。いうなれば目に見えるもの全ては宇宙といってもいいのだが、地球以外にはあまり人格を持たない惑星があまりにも多い気がするぞ。どれだけ地球が惑星達に虐げられているかがおわかりいただけるだろうか。そしてそんな惑星達も銀河という身体の中で飼われる人格の一つにすぎないのかもしれない。つまり、我々人間がキャラクターを思い描くこと事態が神に匹敵する行動であり、各々が皆々神であるということも言えるかもしれない。もう書いていて訳がわからないし支離滅裂で眠いから人格の戯言と思ってもらっても結構だが、神様なんてのはそんなもんなんじゃないのかね。まあそんな感じだから俺も多分プリキュアってことでいいだろ。な。

テーマ: 雑記

ジャンル: ブログ

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