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ネコプラトニズム 

その昔、家でアロワナという大きな魚を水槽で飼っていたのだが。今にして思えばアロワナの捕食動作は美しいものがあった。餌となる金魚に音も無く近づき、一瞬アロワナが動いたかと思えばそこにはもう金魚の姿は無い。僕は、その一瞬の刹那に弱肉強食の世界を垣間見たような気がした。是非ともアロワナの捕食動作は生で見るべきである。これは剣道の微動だにしない勝負の瞬間にそこはかとなく似ているぞ。生きることは勝負の連続であり、勝負とは常に弱肉強食だ。無論、金魚をそんな絶望的状況に陥れた父親を制止しなかった僕が言える台詞では無い。生き物を飼うとは難しい話だ。



と言ってはいるが、そんな僕も飼われている。誰に?決まっている。我々は猫に飼われている。猫の為に働いて、猫の為に家賃を払っている。これは恐ろしいことだ。日本で一体何人の人間が猫に飼われているのか、その統計は定かではない。そして最も畏怖しなくてはならないのが、古来より人は猫に飼われてしまっているので猫に飼われている自覚が薄れていると言う事だ。由々しき事態だ。猫は君を狙っている。猫は人の言葉を理解しているのにわからないフリをしている。そんな猫には注意しなくてはならない。いつ不必要となった人間を排除しにかかるのかわからないのだから。



家に猫がいなくても猫は君を飼っている。君の父親の上司は猫に飼われているのだから猫の支配下なのは明白だ。君の友人は猫の支配下だ。諦めたまえ、君の住所は猫により特定されている。



結局のところ僕は猫が嫌いって訳じゃないし、好きでもない。だが猫は僕の事が嫌いだろう。飼っていて可愛げのないペットに価値は見出してくれないだろう、明日は僕が猫に殺処分されます。絶望ハンバーグ工場。

テーマ: 日常雑感

ジャンル: ブログ

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